由比桜えびの神対応――水産物のブランディング

由比桜えびの神対応――水産物のブランディング

【ブランディングを支えるもの】
自社ブランドに対する自信がブランディングに大きく影響することは、これまでの事例でお分かり頂けたかと思います。自社商品の個性をブランド力として昇華させるための自信。価格プレミアムを保つための自信。そうした自信の裏付けがあればこそ、ブランディング戦略が筋の通ったブレないものになるのです。
「近大マグロ」は、水産物のブランド化は難しいと言われる中で、自信に裏打ちされた戦略によって立派なブランドを打ち立てた事例でした。今回はそれに比肩しうる事例として、同じく水産業の世界で強いブランドを保持することに成功した「由比桜えび」の事例にフォーカスしてみましょう。

【困難と言われた水産物のブランディング】
我が国では、1979年に大分県で始まった「一村一品運動」を契機として、1980年代から農林水産物の地域ブランド育成ブームが巻き起こりました。水産物では、関アジや関サバ、大間のマグロ、明石のタイ、氷見の寒ブリなどブランドがこのブームの中で生み出されています。しかし、多くの自治体が新鮮さや地域特産を売りにして水産物のブランディングを試みた中で、全国的な知名度を獲得できたのはここに挙げた僅かな例を数えるのみ。伝統的に、水産物のブランディングは上手くいかないというのが定説となっているのです。
そもそも、ブランドを謳うからには商品として均質な品質を保つ必要がありますが、水産物は人の目の届かない海の中で成長していく生き物ですので、人の手によるコントロールが非常に困難です。これが、牛や鶏などの家畜と比べて水産物のブランド化が難しいゆえんです。この壁を乗り越えるためには、工業製品を生産するかのように、水産物をシステマチックに規格化、均質化する必要があります。関サバの場合は、「面買い」という独自の売買法をはじめ、特約店制度や商標タグなど様々な工夫を凝らして商品の均質化を図っています。完全養殖である近大のマダイやマグロはこうした事例の最たるものといえるでしょう。
静岡県由比地区が誇る「由比桜えび」も、1980年代以降、品質と価格の維持に努めることで強固なブランド力を構築してきた事例です。その成功の背景には、地域の漁業協同組合による尽力の歴史がありました。

【ブランド確立に向けた由比漁民の奮闘】
ブランドとして存在感を確立していくためには、価格プレミアムの獲得と維持が必要不可欠です。由比地区の漁業共同組合はこの点にいち早く着目し、1960年代後半には既に「プール制度」と呼ばれる価格維持施策の試行を始めていました。1977年には、出漁した船員の間で漁獲高を均等に配分する「総プール計算制度」を全国で初めて導入。これは、出漁対策委員長の絶対的な指揮権限のもと、60組120隻の漁船が共同作業として漁獲を行い、販売額を均等に配分するというものです。この制度によって、漁民はある程度安定した収入を得られるようになり、また従来は卸業者が握っていた価格決定権についても漁業協同組合が主導権を握れるようになりました。かつては漁獲量が増えすぎた年は販売価格が下落してしまうのが当たり前でしたが、組合が価格決定の主導権を持つことで、豊漁の年でも価格が高値で安定するようになったのです。このことが高級ブランドとしての第一歩となりました。
ブランドとして乗り越えなければならない次の壁は、競合との争いです。1980年代後半には、桜えびと同種のエビが台湾でも獲れることが発見され、2000年前後にかけて台湾からの輸入品が由比桜えびの競合としてバッティングするようになりました。これを契機として、由比桜えびの生産者達は、商品表示と品質管理の問題にシビアに取り組むことになったのです。
2004年には、静岡県桜海老加工組合連合会により、「桜えび」の名称表示に厳格なルールが定められ、生鮮品については「駿河湾」や「台湾沖」などの水域名の明記を義務付けるようになりました。さらに、2006年に商標法が改正されたことで、地域名と一般名詞だけで構成された商標にも識別力が認められるようになり、松阪牛や夕張メロンと並ぶ地域ブランドとして「由比桜えび」の商標権が認められました。
商品表示の厳格化と前後して、加工品の製造技術と品質管理の開発も急速に進められていきました。現在では、加工品である「素干し桜えび」と「釜揚げ桜えび」、そして冷凍を含む生の桜えびのそれぞれについて、厳格な品質基準が定められ、クリアしたものだけが「由比桜えび」の商標を掲げて販売を許されるという体制が確立されています。
かくして、由比桜えびは静岡県の特産品の一つとして日本中に知られるようになり、また由比地区も「桜えびの町」として知名度を上げ、地域ブランディングの成功例の一つに数えられるようになりました。

【強い自信がブランディングを支える】
由比桜えびが成功を収めることのできた要因には、漁獲方法の革新や、価格を維持するための工夫、そして地域団体商標制度を活用したブランドネームの厳格化などを挙げることができます。しかし、そうした施策の数々を支えてきたのは、由比桜えびに対する生産者達の揺るぎない自信にほかなりません。いかなる発想も努力も、自信という原動力なくしては水泡に帰してしまうものです。「この商品はブランドになる」という強い自信に満ちた態度こそが、ありふれた地域商品を全国区のブランドまで押し上げるのです。

【本記事の参考文献】
『ブランド戦略・ケースブック』,田中洋,同文館出版

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